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仏教看護学

 この文章を見つけて,読んでくれるあなたに感謝します.
 私は,理不尽な苦しみ,人生の不条理を自ら経験したことが機縁となり,スピリチュアリティの重要性を再発見しました.また,憎悪,虐待,自殺,事故,貧困,格差など,混沌と矛盾の世相に疑問を覚え,生きる力を育むための研究に着手しました.現在に活きる智慧を探求する過程で,科学万能主義が生み出した負の遺産とも対峙してきました.形骸化した葬式仏教や観光仏教ではなく,仏教の本質である“生きているひとが幸せになるための教え”が解決の糸口になることを会得しました.
 仏教看護学とは,“仏教の智慧を看護という方便によって実践する科学”と定義しました.ブッダの教えである仏教は,生老病死の苦悩からの解放を目指し,今をどう生きるかを追求した宗教です.仏教は,ひとが逝去してから使うものではなく,いや使ってもよいが,それよりも生きているときに使ってこそ価値があります.ブッダは,死んだ後のことではなく,命があるときにどのように生きるべきかを説かれたのです.
 仏教では,煩悩に苦しむ他者を救済することができて,はじめて自らが煩悩から解放されます.家族看護学にあてはめると,対象家族も看護職者自身も同じく救済される存在といえ,仏教看護学の本質は家族ケア/ケアリング理論(法橋,2015)に立脚しているといえます.家族看護学における仏教看護学は,仏教的治療で家族症候を消失することです.
 私は,仏教看護学の発展,仏教と医療の再結合を目指して精進します.高野山真言宗をはじめ,全真言宗,全仏教界,宗派を越えて力を合わせ,幸福な宇宙の創造を目指します.
合掌

神戸大学大学院保健学研究科家族看護学分野教授
高野山真言宗僧侶
法橋尚宏(僧名:拓説)

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Updated July 1, 2021